雇用なき景気回復とオフショアリング
もう半年も前から、日本から「アメリカは景気がよくていいね」というメールがよく届く。日本のマスコミは一体どんな報道をしているのかと驚くのだが、「景気がいい」などと思っているアメリカ市民、事業者はまずいない。今年後半、やっとさまざまな経済指数が上昇したが、実感としては感じられない。(期待されたクリスマス商戦も期待はずれに終わった。価格競争でボロボロのおもちゃ業界をはじめ、アパレル、消費者エレクトロニクス製品はデフレ傾向にある。)
その主な原因は、労働市場の回復の遅れにある。レイオフは減ってはいるものの、今も続いており、12月に入ってからも大手銀行が従業員の5%にあたる2900人、大手通信業者が2%にあたる3000人以上のレイオフを発表した。1年も2年も失業している人はまだ多く、800万人にのぼる失業者は再就職できるまで「景気回復」など信じないだろう。
景気回復の際に労働市場の回復が最後になるのは常だが、過去の不況ではその時差は短かった。今回、数字の上では不況が終わってからすでに2年が経っている。労働市場は、早くても2005年まで完全に回復しないと見られている。
過去数ヶ月で30万の職が創出されたが、主に飲食業などのサービス業、教育機関や医療など比較的低賃金の分野だ。
今回の不況の特徴は、失業者に占める管理職や専門職の割合が多い点である。その割合は17%以上と過去最高であり、さらに彼らが半年以上の長期失業者に占める割合は20%に達している。再就職ができても、希望の職ではなかったり、給料は以前の半分〜3分の2に減少している場合が多い。業界を変えたり、新たなスキルを身に付けなければ再就職ができない、というのも今回の不況の特徴だ。
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生産性の飛躍 |
大企業の収益は回復しつつあるが、黒字に転換してもレイオフを続ける企業は少なくない。2003年の第3四半期、企業の生産性は20年来で最高に達したが、その半分は大幅なコスト削減によるものだという。90年代後半の設備投資が今、実を実らせている企業もあるが、いずれにしろ、以前より少人数で同じ量、またはそれ以上の業務がこなせるのである。
2001年3月以来、300万の職が失われたといわれているが、景気が回復してもそれは戻ってこないかもしれないのだ。
失われた職が戻ってこない原因のひとつとして、インドなど低賃金の国に職が移されるオフショアリングの増加が挙げられる。(海外の企業に仕事を外注するアウトソースだけでなく、海外に拠点を設置し自社の社員を雇う場合も多いので「オフショアリング」と呼ぶ)。
2015年までに、47万職のコンピューター関連職を含め、330万のサービス職が海外に転出すると予測されている。ITサービスにおけるオフショアリングの割合は、2003年の5%から2007年には23%にのぼる見込みだ。
依然、失業率が7%を超えるシリコンバレーには、インド企業がエンジニアをリクルートに訪れており、ITエンジニアの数はシリコンバレーよりもインド版シリコンバレー、バンガロールの方が多いといわれている。
インドをはじめ、中国、フィリピン、東欧など海外へのアウトソーシング業は、不況のIT業界で業績を伸ばしており、年に2桁の成長率を遂げている。開発費用がアメリカ国内の半分またはそれ以下ですみ、かつ技術も優れているという。
海外に移るのはソフト開発やチップ設計などのIT職だけではない。金融サービス業界も50万職以上が移転する計算だ。利用しているクレジットカードの顧客サービスに電話をすると、応対者は皆、インドなまりの英語だが、同社のコールセンターはインドにあるのだ。
アーンスト&ヤングでは、2年前にインドに確定申告処理センターを設け、200人のインド人会計士がアメリカの確定申告作成作業を行っている。給料はアメリカの半分ですむ。
GEではバンガロールに製品研究開発センターを設けているが、コスト削減のためではなく、製品開発の速度を速め、会社の成長を促すためだという。センターで働く技術者1800人のうち4分の1が博士号所持者だ。特許出願も数多い。
オフショアリングは医療業界にも及んでいる。X線やCTスキャンの写真をインターネットでインドに送り、インドの放射線医師がそれを診断するのである。年収3000万ドルの高給職でさえ、海外に移転する時代なのだ。
大企業では、いまや海外に移すかどうかではなく、どの職をどの国に移すかが議論されている。極端な話、顧客との対面が必要でない業務はすべて移転候補だという。
オフショアリングを行っているのは民間企業だけではない。郵政公社や財政難にあえぐ州政府も海外に業務をアウトソースしている。「州内の雇用を保護せず州民の税金を海外に放出している」という批判に対し、「予算は減る一方で、低コストのアウトソース以外に業務の推進は不可能」と反論する。
雇用流出に対するアメリカ人労働者の反発が高まる一方、インドでは、ITサービスおよびバックオフィス業務は、2008年までに5倍の570億ドルに急成長すると予測されている。2002年から2003年の1年だけでもIT関連サービスの労働人口が10万人増加した。その多くが若い人たちで、「海外に移住しなくてもインド国内にチャンスはある」と”インディアンドリーム”を生み出している。
もちろん、アメリカの失業者にとって、それは何の慰めにもならない。 すでに空洞化してしまった製造業とは違い、サービス業はアメリカの生産高の60%、雇用の3分の2を占める。
経済のグローバル化が進む中、より効率を上げ、国の競争力を向上させるには、産業構造を変革し、より付加価値の高い産業を生み出していかなければならないのだろうが、その過程はより速く、ホワイトカラー労働者にとってより身近なものになっている。
製造拠点が低賃金の国に移ることにより、多くの製品が低価格で手に入るようになった。サービス拠点が低賃金の国に移ればサービスの価格が下がり、国民はいずれは恩恵を受けることになるのだろうか。常に新たなスキルを身に付け、産業構造変革の波に乗り遅れさえしなければ...
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