<アメリカ西海岸便り>
子供のしつけをしてくれる
東洋武芸の道場が大ブーム
私は、昨年から、近くのコミュニティ・カレッジで合気道を習っている。先生は、もちろんアメリカ人。アメリカ人の大学生に混じって、アメリカ人の先生から日本の伝統武芸を習うという非常にユニークな異文化間体験を楽しんでいる。 クラスでは、「はい」「押忍」「先生」「正面に礼」「先生に礼」「止め」「1、2、3....」など一部の言葉のみ日本語が使われる。日本では、ものを教える人は、エアロビクスのインストラクターでも「先生」であり、ものを教えない人でも、政治家から作家、弁護士まで、誰も彼もが「先生」だが、アメリカ人にとって、「先生」という言葉は、英語でいうteacherやinstructorとは違い、「その道を極めた尊敬に値する人」という特別のニュアンスを持つようだ。
生徒の多くは、生まれて初めて、「おじぎ」や「正座」などという異様な行動形式を学ぶ。そして、「なぜ、そうした不可解なことをしなければならないのか」という説明を受ける。たとえば、日本人にとって、おじぎは、彼らの握手と同じで、ただのあいさつ。しかし、「相手に敬意を表わすためのもの」と教えられた彼らにとって、それはまさに神聖な儀式である。
生徒の中には、型を学ぶ際に、「左足がここに来るのは、重心を支えるためなのか」と、いちいち先生に質問をして、まず頭で納得しようとする人がいる。どうも、すべてを理詰めで解決しないと先に進めないようである。(が、理論的にわかったからと言って、うまくできるわけではない。案外、細かく質問する人に限って、できていなかったりするのだ。) 実は、ここ数年、アメリカでは、空手、テコンドー、大極拳など、東洋の武芸が大流行である。全米にある様々な武芸の道場に通う修練者の数は、過去5年間で倍増し、現在、アメリカの空手人口は1000万人、テコンドー人口も1000万人と言われている。あのクリントン大統領もテコンドーを習っているそうだ。
武芸を始める理由は、健康管理、ストレス解消が多く、「エアロビクスやマシンによるトレーニングはマンネリ化したし」と新しい健康法を求める人も少なくない。しかし、スポーツクラブの数が減る一方での、この武芸ブームには、護身や精神修養など、他の理由もあるようだ。
全米の修練者のうち、少なくとも4割は子供といわれ、道場以外にも、各地のコミュニティーセンターにはたいてい子供のための空手やテコンドーのクラスがある。アメリカでは、5才から8才の子供の4割が肥満、または高血圧や高コレステロールの問題を抱えていると言われ、大人と同じく、健康・体力増進が大きな目的だ。
しかし、意外にも、しつけ、いじめ対策、暴力防止の目的で通わせる親が多い。アジア系の児童が学校で優秀な成績を収め、アジア経済が台頭する中、「ひょっとすると武芸に、その成功の秘訣が隠されているのではないか」という期待もあるらしい。
ある調査では、「今日、アメリカの家族が抱える問題は何か」という問いに対し、「麻薬」に次いで多かった答えが、「親が、子供をしつけず、礼儀を教えていないこと」だった。他の調査では、「子供のしつけに関しては、日本の方が優っている」という意見が多数を占めたそうだ。子供たちは、道場で、「家でも、目上の人には礼儀よく話し、相手が話しているときには割り込まない、清潔を保ち、人に親切にし、宿題をすること」と教えられる。親よりも道場の先生の方が子供に影響力を持っており、子供が言うことを聞かないときは、「道場の先生に言いつけるよ」というとすぐに態度を改めるそうだ。
子供たちは、昇級、黒帯を目指して訓練に励む間に、目標を設定し、それに向けて努力をすることを学び、学校での成績や教室内での態度なども向上するらしい。
貧困や暴力に悩む都市部でも、青少年の暴力防止活動の一環として、武芸を取り入れるコミュニティが増えている。武芸を通じて、自信、暴力を拒絶する精神力、暴力から自分を守る力を植え付けるのが狙いだ。
同時に、警察でも、犯罪者との接触において、警察官が暴力を最小限に抑え、安易な銃への依存を避けるための手段として、武芸が取り入れられている。
一方、こうした武芸は、ビジネスとしても成長しており、15億ドル産業といわれている。ある調査によると、94年度の成長率はコンピューター・ネットワークサービス業に次ぐ伸びを示したということだ。
アメリカとカナダでチェーン展開する道場や、93年に株式を公開して720万ドルの資金を集めた空手道場(NASDAQの登録呼称はkick)など、ビジネスとしての成功例も道場増加の一因だろう。社員の健康管理、ストレス解消のために、企業に出向いてテコンドーを取り入れたフィットネス・プログラムを提供するビジネスまである。
日本の伝統武芸が、意外なところで、意外な効果を発揮している。日本の学校でのいじめや家庭内暴力に対する解決策は、ひょっとすると、身近なところにあるのかもしれない。
有元美津世/N・O誌1997年4月号掲載 Copyright GloalLINK 1997
Revised 6/10/97 アメリカ西海岸便りインデックスへ