<アメリカ西海岸便り>

好景気の裏に光と影カリフォルニア経済の行方


 昨年から、日本に帰国する度に、「いいね、アメリカは景気がよくて」と言われて、「そうは感じないんですけど」と戸惑った。しかし、住宅価格や商業スペースの家賃は上がり始め、南カリフォルニアの一般市民にも、やっと景気の回復が感じられるようになった。
 日本の人たちが「アメリカの景気がいい」と言うのは、企業の収益率や株価の上昇をベースにしたものであって、アメリカの一般庶民の感覚とは違う。アメリカ市民の7割以上が株を所有しておらず、株価上昇で儲けているのは一部の裕福層だけなのだ。
 今年に入っても、南カリフォルニアでは、小売店舗の空きスペースが目立ち、2〜3週間、留守にしている間に、行きつけの店がつぶれていたなどということはしょっちゅうだった。(近くの大チェーン店のレンタルビデオ屋が閉店し、その次に近かった小さなビデオ屋もいつのまにか姿を消し、私は困っている。)4月にロサンゼルス郡の消防署が、年収36,000ドルの消防士を100名募集したとき、なんと2万人の応募者があったという。
 また、確かに、失業率は下がり、一時は職を失った人たちも、新しい職を得たが、たいてい減収を強いられている。現に、企業の収益回復にもかかわらず、今年、州の企業が予定している昇給率は、平均4%。先月、全米のビジネスをマヒさせたUPS従業員らのストが、従業員に利益を還元していない大企業の姿を浮き彫りにしている。
 同じカリフォルニアでも、防衛産業への依存度が高く、景気落ち込みの激しかった南カリフォルニアとは違い、シリコンバレーのある北カリフォルニアでは、早くからハイテク産業にひっぱられて経済が回復した。北で職を見つけて、南から引っ越していった知人友人も何人かいる。(そして、南カリフォルニア出身者を含め、彼らは、一様に、二度と南には戻りたくないという。北で深刻化する住宅不足、住宅価格の高騰にもかかわらずだ。今、北カリフォルニアでアパートを探すと、ウエイティングリストがあって数ヶ月待ちという状態だ。)
 州政府では、今年、税収入が予想より10億万ドル以上も多く入ったとほくほく顔だ。それも、この税収入は、大企業によるものではなく、ストックオプションや(個人の業績に基づいた)ボーナスの恩恵を受けた個人や、スモールビジネスによるものだ。
 電子部品、コンピューター、ソフト、映画、バイオテク産業での雇用創出が、防衛産業の縮小によって失われた職の数を上回った。過去、防衛産業、大企業に頼ってきたカリフォルニア経済は、ベンチャー企業やスモールビジネスに支えられた経済へと変身したのだ。そのため、今回の不景気は、経済の不況ではなく、「経済の再編成」だったという人もいる。
 しかし、シリコンバレーがあるからといって、カリフォルニアもウカウカしてはいられない。ニューヨークのシリコンアレー、ボストンのハイテクベルト、シアトルのシリコンバレーノース/シリコンフォレスト/テレコムバレー(まだニックネームが確定していない)、コロラドのシリコンマウンテン、テキサス州オースティンのシリコングラッチなど、全米各地にハイテク中心地のライバルが出現しているからだ。カリフォルニア州は、その税制、様々な規制、あまりに手厚い労働者保護などで、企業には人気がない。80年代から90年代にかけて、多くの企業が他州へと移転していった。また、住居費を中心とした生活コストの高さ、悪化し続ける治安、アメリカで最悪といわれる交通渋滞などもあり、生活コストや生活環境という意味でも、他州に移住する人が多い。
 カリフォルニア州政府は、企業・職を州内に留めるために、失業者などの職業訓練のために補助金を提供し始めた。こうした職業訓練や研修を行なう企業には、その経費を政府が半分持つというものだ。今日、カリフォルニアの職の6割がコミュニティカレッジ(2年生の公立大学)を含む大学教育を必要としていると言われる。70年代には、これはわずか3割だった。そのため、州民の教育レベルの向上が急務となっている。
 こうした背景には、生活保護需給者を一定の割合で職に就かせなければ、州への補助金をカットするという連邦政府からのお達しもある。全米平均を上回る雇用成長率にもかかわらず(同時に失業率も全米平均以上)、失業者、生活保護需給者、新卒者、不完全就業者を含める求職者の数が、新しく生み出される雇用数を上回る計算なのだ。
 勝者と敗者が存在するアメリカの景気回復だが、不況からなかなか抜け出せない日本経済としては、うらやましい限りか……


有元美津世/N・O誌1997年11月号掲載  Copyright GloalLINK 1997

Revised 1/3/98

アメリカ西海岸便りインデックスへ