<アメリカ西海岸便り>
借金返済と投資とどちらが先か 空前の投資熱に沸くアメリカ
先日、ロサンジェルスで開かれた投資戦略セミナーに出席した。「テクノロジー株への投資」「ミューチュアルファンドの選び方」「資産分配」「国際投資」「カリフォルニア州市債」など計30以上のセミナーが2日間にわたって開催された。ディスカウントブローカーのパイオニア、チャールズ・シュワブ社の会長やSEC(米国証券取引委員会)の会長などが基調講演を務めた。
好調なアメリカ株式市場を反映し、アメリカは投資熱で沸いている。ミューチュアルファンドへの投資総額は3.5兆ドルと、史上初めて銀行の預金高を上回った。一般投資家の数も、90年に比べ倍増し、全人口の4割に達しており、過去最高を記録している。また、投資家の約半数が50才以下で、女性や大卒でない投資家の数も全体の半分近くを占めるにいたっている。これまで裕福な白人男性に限られていた証券投資が、一般層にも広がりつつあるということだ。
しかし、こうした投資家人口の増加とは裏腹に、70才のアメリカ人の平均投資(貯蓄)額は1万ドル、平均的家庭における老後のための貯蓄は2万ドル以下という調査結果も出ている。浪費家として知られるベビーブーム世代の場合は、定年後必要な額の3分の1しか貯金しておらず、若い世代では、この数字はさらに低いという。
「老後危機」を愁う政府は、昨年11月、SAVER(貯蓄は誰の老後のためにも必要)法を施行した。これは、国民がもっと貯金をするように教育するという法律である。
以前、日本の友人が「日本では500万円くらいないと貯金とは言えない」と言っていたが、郵便局貯金の上限も1000万円に引き上げられている。金利が1%を切っているのに1000万円も郵便局や銀行に預けている日本人など、アメリカ人にはとうてい理解できない。日本の1200兆円にのぼる個人金融資産のうち、株式投資はわずか15%。日本人のリスク回避、安定志向が、資産運用にも表れていると言えそうだ。
40才でもう少し楽な仕事に転向して、50代で引退したいと考えている私は、「早期引退のための投資戦略」というセミナーを受講した。アメリカの場合、50年代には65才であった平均引退(定年)年齢が、今では62才に下がっているという。「早期引退」というのは55才までに引退することらしいが、パネリストのファイナンシャルプラナーたちによると、ほとんどのアメリカ人にとって55才で引退するというのは無理な話だということだった。
驚いたのは、このセミナーの参加者に20代〜30代の若い人たちが多いことだった。質問に立った20代半ばの男性は、莫大な借金を抱えてロースクールを卒業したところだという。彼の質問は、「早く引退したいが、クレジットカードの借金返済と投資をどちらを優先すべきか」という質問だった。パネリストらは、異口同音に「高利のクレジットカードの借金をできるだけ早く返済すべき」と答えた。(しかし、働き出す前から早期引退を考えているとは、しっかりした(?)若者だ。)
「借金を抱えながら証券投資とはけしからん」という声も聞こえてきそうだが、アメリカではわざわざ借金をして投資をする人が増えているのだ。
アメリカでは、クレジットカードの負債額は一世帯平均7000ドルで、96年から97年にかけて6%上昇している。総額にすると4520億ドルで、日本人の総貯蓄額を超えている。クレジットカード利用者の7割が返済を毎月持ち越しており、金利と手数料だけで年間平均1000ドル支払っているそうだ。1000万〜2000万人が毎月の支払いに四苦八苦し、数百万人は返済のメドがないという。好景気にもかかわらず、自己破産申告は史上最高の100万人を超えている。
専門家の中には、好景気と同時に、こうした負債が増加しており、次にアメリカ経済を襲うのはデフレで、29年の大恐慌よりも厳しい恐慌を迎えるという人もいる。また、80年代後半の不動産バブルのときに、不動産ブローカーが急増したように、証券ブローカーや公認ファイナンシャルプラナーが急増しているともいう。全米証券業協会に登録している証券ブローカーは、53万人に達し、87年に比べ8割増加。公認ファイナンシャルプラナーは、10年で3倍に増えている。
近い将来、“証券バブル”がはじけることになるのだろうか。ファンドマネージャーの平均年齢は28才。ブラックマンデーを迎えた87年には、彼らはまだ高校生だった。今まで、ベア(弱気)市場は経験したことがない。
痛い思いをしたことがないそんな若者に、私の大事な老後の資金は託せない。バブルがはじけるまで、株を買うのは見送ろう。
有元美津世/N・O誌1998年4月号掲載 Copyright GloalLINK 1997-1998
Revised 6/1/98 アメリカ西海岸便りインデックスへ