<アメリカ西海岸便り>
泣く子も黙る米IRS(国税局)やくざまがいの取り立て発覚
毎年、4月15日の夜、アメリカ各地の集配郵便局の周りでは渋滞が起こる。15日中に確定申告をポストに投函するための車の列ができるのだ。アメリカでは、源泉徴収を受けている会社員を含め、国民全員が確定申告を提出しなければならない。「例年のことなのだから、もっと早く処理をすればよいのに」と思うだろうが、そうはわかっていても、ギリギリまで放っておくのが人間の性。しかし、4月15日に出す人はまだいい方で、私をはじめ、8月15日にまで申告延期届を提出する人も少なくない。
(ただし、税金支払分がある場合、4月15日にまでに支払わなければならないので、実質的には税金の計算を終えていなければならない。)
納税者が確定申告を最後の最後までしないのは、その手続きの複雑さも一因だ。アメリカの税法は9451ページにわたり、いちばん簡単な申告書でさえ説明書が30ページ以上にのぼるのだ。最低でも1日は申告書作成に費やさざるをえないし、ちょっと複雑になると何日もかかりっきりになる。それぞれ大学院を卒業している友人夫婦でさえ、ついに昨年から会計士に任せることにした。申告手続きは一般市民にとってあまりにも複雑になってしまっている。
税法簡素化のため、また昨年IRS(日本の国税局にあたる「歳入庁」)による権力濫用が数々と発覚したため、今、45年ぶりにIRSの大改革が行われようとしている。
昨年9月、IRSによる納税者に対する虐待に関し、上院財務委員会による公聴会が開かれた。中には、夫の身元確認違いで、17年間にわたり、IRSの執拗なを受け、家は取り上げられ、離婚までする羽目になり、人生をズタズタにされたと涙を流しながら訴える女性もいた。
IRS職員による証言により、税収入増収のために監査・増収ノルマを課していた管理職もおり、それが過激な税金取りたてにつながっていたことが発覚した。中には、職員が証拠を捏造し、事実無根の申告漏れの罪状をでっち上げるケースも明らかになっている。
IRSは、近年、特に低所得者をターゲットにしているという非難もあり、94年から95年にかけ、収入25000ドル未満の低所得者が監査を受ける割合が50%も増加している。一方、収入10万ドル以上の高所得者の場合、監査を受ける割合が3分の1減少。全体における割合は、88年の11.4%から94年には2.94%に落ちている。
納税者の中でも、一般に、個人事業主が監査を受ける割合が高いと言われているが、売上25000ドル以下の個人事業主が監査を受ける率は、売上10万ドル以上の個人事業主より2.5倍高いという結果が出ている。それに比べ、大企業が監査を受ける率は、わずか0.2%。これは監査による増税収入の58%にあたり、増収に大きくつながるにもかかわらず、大企業の監査率は過去5年、72.5%から51%に落ちている。
今年2月には、別れた夫の未払い税金の支払いを求められている女性4人の公聴会も開かれた。彼女たちは、IRSに給料は差し止められ、マンションは差し押さえられ、所有物をすべて没収されそうになっている。 夫婦は、合算申告、個別申告を選べるが、結婚中に一度合算申告をすると、離婚後も、結婚中に夫が未払いだった税金に対し、妻にも支払責任が生じる。概して、こうした女性は、主婦などで金銭の管理を夫に任せきりにしていた人が多い。
現在、子供をかかえて生活困難に陥っている女性たちは、別れた夫の税金、遅延罰金、金利を合わせて、30万ドル、40万万ドルといった大金の支払いを命じられている。一方、IRSは、別れた夫の方は、お金を持っていても、追求しないというのだ。そのうちの一人は、スイスの銀行に200万ドルの貯金があるという。東欧出身の女性は、「母国の社会主義国でも、こんなひどい仕打ちはなかった」と訴えた。
世論調査では、回答者の7割が「IRSは必要以上の権力を持ち、それを濫用している」と答えている。たとえば、IRSの地域部長は、自分の署名一つで納税者の家を没収できるほどの巨大な権限を与えられている。申告漏れの嫌疑をかけられた納税者は、ヒアリング、通知、訴訟のチャンスも与えられない。IRSは、連邦政府に数枚の書類を提出するだけで、個人の生活を破壊できるのだ。
国民の間では、「IRSの運営に疑問を提議したものは監査を受ける」と信じられていたが、元IRS職員が「庁内には政治的にIRSに逆らった人たちのリストがある」という、それを裏付ける証言を行った。IRSだけでなく、時の政権に害があると見なされた個人も監査を受けることが多く、クリントン大統領をセクハラで訴えているポーラ・ジョーンズ原告も、95年の申告分の監査を受けた。現在、主婦であるジョーンズ原告の当時の収入は4万ドル以下であり、原告側は大統領陣営による嫌がらせであると憤慨している。
公聴会の後、IRSの長官は国民に謝罪をし、運営方法を改善することを約束した。議員や市民団体には、非常に複雑な税法を改め、確定申告を廃止し、全国民一律の15%の所得税、20%の連邦売上税などの新たな税制を求める動きも出ている。
日本でも大蔵省の疑惑などが次々と明るみに出ているが、1省庁に多大な権力が集中するとろくなことがないというのは、洋の東西を問わず不変のようである。
有元美津世/N・O誌1998年5月号掲載 Copyright GloalLINK 1997-1998
Revised 7/1/98 アメリカ西海岸便りインデックスへ