<アメリカ西海岸便り>

ダイレクトメールの中に2ドル-

-物質主義の行くえ


先日、毎月、無料で送られてくるビジネス雑誌の出版社から、読者用アンケート用紙が届いた。驚いたのは、そこに現金2ドルが同封されていたことだ。同封されていた手紙には、「アンケートに協力して頂いたお礼に2ドル同封します」と書かれていた。
アメリカでは、市場調査などを行なうときに、回答率を上げるため、回答者に現金やギフトなどのインセンティブを与えるのは一般的だ。しかし、2ドルというのは、私が今まで受け取った中で最高額。それも小切手ではなく、現金が入っているというのは驚きだ。
これは、アメリカ社会の資本主義、物質主義に拍車がかかったということなのだろうか?
ある世論調査によると、「お金をたくさん稼ぎたい」と回答した人は、75年には全体の38%だったのが、94年には63%にのぼったそうだ。また、UCLAが新入生を対象に行なった調査では、「金銭的に豊かであることが大事」と回答した学生が、68年には41%だったのが、95年には74%に増えたということだ。一方、「精神的に豊かであることが大事」と答えた割合は、68年の83%から95年の41%に減少している。
さらに、別の調査では、上級管理者の47%とMBAの学生の31%が、不正手段を行なってでも、出世して高給を稼ぎたいと答えたという結果が出ている。
日本でもクレジットカード破産の問題が深刻化していると聞くが、アメリカでは消費者がクレジットカードで借りている額は総額3600億ドル(約3.6兆円)にのぼり、一人あたりの負債額は1400ドル(約14万円)と報じられている。カード所有者の約3分の2が毎月、返済を繰り越し、平均18%の金利を支払っている。
こうした状況に、アメリカ人たちも自覚症状はあるようで、最近の調査では82%の回答者が「我々は必要以上に購入し、消費しすぎる」と答え、67%が「アメリカは、世界のどの国よりも多くの資源を消費し、ゴミを生み出し、地球の環境問題の多くの原因となっている」ことを認めている。
実際のところ、アメリカは、世界の人口のわずか5%で、地球資源の3割を消費しているのだ。アメリカ人一人が消費するエネルギーは、日本人の3倍、インド人の38倍、エチオピア人の531倍にあたる。
こうした物質主義の行きすぎに、当のアメリカ人たちも満足しておらず、「我々は、この世で最も富裕な国民のはずなのに、なぜ幸福ではないのか?」と自問し始めている。特にベビーブーム世代が40ー50代にさしかかり、人生を振り返って、「仕事は面白くない、上司は最悪、仕事が忙しく家族と過ごす暇はない、クレジットカード地獄に陥っているのに、リストラの嵐は吹き荒れ、いつ首を切られるかわからない。人生これでいいのか?」となるようだ。
「もっとバランスのとれた生活をしたい」と望む人が増え、ダウンシフト(ギアを落とすこと)という言葉が生まれ、書店には、「シンプリシティの選択」「お金か人生か」「生活をシンプルにする方法」といった本が並ぶ。各地で「シンプルに生きるには」というセミナーが開かれ、参加者は増加の一途をたどっているようだ。
もっとも、こうした書物やセミナーで説かれる「シンプルライフ」の方法は、週5日勤務を2日に減らしたり、都会から山奥に引っ越したり、経済的に余裕のある人にしかできないものだ。貧乏人は、やはり、働き続けるしかないのだ。
ところで、先日、届いたアンケートの話に戻るが、私自身、市場調査などをして、人に質問に答えてもらうことが多く、その苦労がわかるので、アンケートにはなるべく答えるようにしている。しかし、このアンケートは、しょっぱなから収入や過去1年間に購入した高額商品など、プライベートなことを尋ねすぎだ。プライベートなことは最後に質問するというアンケート作成の基本をまったく理解していない。さらに、一番聞きたいはずの雑誌に対する読者の意見より、読者の年収や購入行動に関する質問の方が多いときている。それも私の名前や住所まで記載されているのだ。こんなものを送り返した日には、今でもウンザリするくらい届くDMの山が2倍になるのがオチだ。 申し訳ないが、今回は、2ドルだけ頂戴して、アンケートを返送するのは見送ろう。
「私のように、お金だけ頂戴して、アンケートを返送しなかった人は、全体の何%にのぼるのだろう」と、このマーケティング・キャンペーンの企画者の首を心配していた頃、出版社から2通目の手紙が届いた。「先月、アンケートを送ったが、回答が届いていないので、もう一度アンケートを送付する」とある。「2ドルもらったのに返答しないのは悪い」と罪悪感を覚えた私は、おせっかいにも、アンケートに答えなかった理由として、アンケートの不備を挙げ、「アンケート作成の基礎」を説いて返送した。貴重なアドバイスに対し、礼状が来るかと思ったが、現時点ではまだ届いていない。
しかし、これからはDMだからといって、封を開けずに捨てるのはやめよう。中にいくら入っているかわからない。

有元美津世/N・O誌  Copyright GloalLINK 1997

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