<アメリカ西海岸便り>

リストラが招いた意外なブーム

--ビジネスマンの間で流行の美容手術


 3ヶ月前、定期検診とクリーニングのために、歯医者に行ったときのことだ。歯医者が「ブレイス(ワイヤ式歯列矯正装置)をはめないか」と言う。「また、ぶんだくる魂胆だな。この年で歯並びなんか気にするかい」と思った私は、「結構です」と断った。

 この歯医者に行くのは、今回が初めてだった。それまで数年通っていた別の歯医者が、私の加入している保険を受け付けなくなったのだ。私は(身体だけでなく)歯も丈夫にできているため、毎年、2回、検診とクリーニングに通うだけ。歯医者にとっては、まったく儲からない客である。その歯医者にも、「一本未発達の前歯があるが、この歯に継ぎ足しをして、他の歯と同じ大きさにしないか」「漂白しないか」「グラマー誌のような歯並びになりたくないか」ともちかけられた。グラマー誌(女性向けファッション雑誌)のように虚栄の固まりのような雑誌と縁のない私は、もちろん、断った。その歯医者が、私の保険を拒否したのは、そのすぐ後である。

 ある夜、友人たちと集まったときのこと。私が、この頭にくる歯医者たちのことを話し始めると、なんと、皆、「私も」「私も」と同じような体験をしているではないか。ベスは非常にきれいな歯並びをしているにもかかわらず、「犬歯がとがりすぎているから削った方がいい」と言われたことがあるという。悪くもない歯を抜かれそうになったこともあるそうだ。歯医者に「あなたの歯は男っぽすぎるから削った方がいい」と言われたヨーロッパ生まれのケリーは、「ヨーロッパでは、アメリカのように子供のときからブレイスなんてはめない。歯並びが少々悪くたって平気。アメリカ人は、白くてきれいな歯並びに異様なまでの執着心を持っている!」と怒りをぶちまけた。(そういえば、ベルギーに住むイギリス人のアランは、美男子なのだが、前歯の間に大きな隙間があいていて、笑うたびに、そのきれいな顔がくずれたっけ。)

 日本人も、歯並びにはあまり関心がない。それどころか、八重歯がチャームポイントと言われるくらいだ。たいていのアメリカ人は、歯並びの悪い日本人を見てビックリする。「こんな味噌っ歯をそのままにしておくなんて信じれない!」と思うらしい。アメリカに来て、歯医者にブレイスをはめるように勧められる日本人は多いようだ。

 しかし、アメリカ人のルックスに対する執着心は、歯だけにはとどまらない。若さに異常な執着を示すいわれるベビーブーム世代が50にさしかかり、美容手術が流行っている。フェイスリフト、しわ・たるみ取り、脂肪吸引、豊胸、ペニス増大等など、自分の顔だろうが、体だろうが、お金を出して作り直せるものならすべて作り直そうというわけだ。

 こうした美容手術を受けるアメリカ人は、94年に160万人に達し、市場は20億ドルにのぼると言われている。

 特に男性の間での増加が目立ち、美容手術を受ける人に占める男性の割合は、80年には1割にすぎなかったが、今では4人に1人にのぼる。男性の間で最も多い手術は頭髪の植毛で、次に脂肪吸引、鼻、しわ・たるみ取り、目が続く。

 美容手術を受ける男性のほとんどが、40代〜60代のビジネスマン。ある美容外科医によると、昔はこうした手術を受けにくる男性といえば、美容師や俳優が多かったが、今日やってくるのは、銀行マン、弁護士、エグゼキュティブらだそうだ。

 ビジネスマンが美容手術を受けるのは、虚栄心のためではない。職(就職?)のためなのだ。過去数年、ダウンサイジングの嵐が吹き荒れ、多くのエグゼキュティブが職を失なった。統計によると、80年代前半に最も職を失う率が低かった45〜54才の男性は、今では、平均的労働者よりも職を失う率が高い。

 ダウンサイジング後、企業は、以前より少数のより若い人員を求めるようになった。厳しい就職市場で、若者たちと競うには、若々しいルックス--なめらかな肌、ふさふさした髪、引き締まったお腹が不可欠なのだ。

 こうした手術を受けるのは、職を探している男性だけではない。「周りからいつも『疲れているように見える』『老けて見える』と言われて心配になった」と職を失ってからでは遅いと、今の職を守るために、若返り手術に踏み切る人たちもいる。

 高級デパートでは、リストラされたエグゼキュティブのために、「職を得るための服装選び」などのセミナーやファッションショーを行なっているところもある。鍵は、「若い人たちのように、今風に見えること」。若い人たちと違い、50代のオジサンたちは、デザイナースーツとは、これまで縁がなかったのだ。

 また、ポロ・ラルフローレン、クリニーク、アラミスなどの男性向けスキンケア製品も売上を伸ばしている。

 これまで「老ける=魅力を失う」という女たちの恐怖心をあおって成長してきた産業。これからは、男たちの「老ける=職を失う」という恐怖心につけ込んで伸びていくのだろうか。


有元美津世/N・O誌1997年5月号掲載  Copyright GloalLINK 1997

Revised 6/10/97

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