<アメリカ西海岸便り>

トレンディで洗練されたいま流行の食べ物“ラップ”


 ラップ(包むという意のWrap。歌のラップRapとは関係ない)という食べ物が、今、カリフォルニアで流行っている。ラップとは、とうもろこしの粉で作ったトルティーヤに、肉、魚介、野菜などを包んだもの。メキシコ料理のブリートと同じものなのだが、肉類と豆が入ったブリートと違い、チキン、ビーフ、魚、エビから、アボカド、ベイジル、ココナッツ、ピーナツバターまで、ありとあらゆるものを、赤や緑の色とりどりのトルティーヤで包んでいる。

 メニューの一部を紹介すると、タイ風チキンラップ--グリルドチキン、ジャスミンライス、生姜スロー、きゅうり、赤タマネギ、ピーナッツソースをほうれん草のトルティーヤで包んだもの。バルセロナラップ--エビ、チキン、鯛、ソーセージ、スペイン風炊きこみごはん、ほうれん草、トマト・サフランソースを赤いトルティーヤで包んだもの。北京ダックラップ--ローストダック、ジャスミンライス、生姜スロー、青ねぎ、中華風ソースを普通のトルティーヤで包んだもの。その他、野菜だけのベジラッパーや、カレーを包んだインド風、大根とのりを包んだ日本風まである。

 ラップは、ブリートよりもサイズが大きく、重さ1.5ポンド(700g弱)。(アメリカに来ると、メキシコ料理も、中華料理も、日本料理も、すべてひと回りもふた回りも大きくなってしまうのだ。)

 このラップなるもの、そもそも、2ー3年前にサンフランシスコにあるワールド・ラップス(World Wrapps) という店とともに生まれた。ワールド・ラップスを始めたのは、ビジネススクールを卒業した20代の若者4人。カンクーン(アメリカ人に人気のメキシコのリゾート地)で休暇を楽しんでいる間に、このビジネスを思いついた。今では、10店を構えるに至り、各店とも売上は100万ドルに達している。

 ワールド・ラップスに続き、過去1年半ほどで、カリフォルニア・ラップ、デーリー・ラップ、ビッグ・シティ・ラップ、トド・ラップス、ロケット・ラップスなど、あちこちにチェーン店が登場した。最近では、ケンタッキー・フライドチキンやタコベル(どちらも親会社はペプシコ)などの大手も参入し始めた。

 人気の秘密は、持ち運びやすい、手軽なファストフード、国際的フレーバーが楽しめる、ハンバーガーやサンドイッチよりも低脂肪、低カロリー(という触れ込み)、健康志向でトレンド好きのカリフォルニア人にはピッタリといったところのようだ。料理などしている暇のない多忙なカリフォルニア人にとって、ファストフードは必需品。しかし、マックのハンバーガーでは、洗練さに欠け、ちょっとカッコよくない。食べ物というより、ライフスタイルの問題なのだ。

 中には、「ラップは単なるブリートの英語名」という声もある。「由緒正しいメキシコ料理のブリートを“ラップ”と呼び、消費者をあざむくのはけしからん」という「反ラップ・ページ」(http://www.infobahn.com/pages/anti-wrap.html)まである。ブリートであれば、1ー2ドルで買えるのが、ラップになると4ー6ドルに跳ね上がる。イメージ的にも、ブリートと言えば、安っぽい不健康なメキシコ料理、ラップと呼べば、トレンディで洗練された食べ物に変身するわけだ。

 しかし、「低脂肪で低カロリーで健康的」と売り出しているラップだが、実は、脂肪分もカロリーも決して低くはないのである。ある調査によると、ほとんどのラップが、400カロリー以上、脂肪分20g前後あり、ミート・サンドイッチとほとんど変わりがないそうだ。中には、1200カロリー、脂肪分70g、塩分3000mgも含んだものまである。

 アメリカでは、西海岸を中心に、これまでもいろいろな食べ物が流行った。80年代のサラダ・バー、フローズン・ヨーグルトに始まり、90年に入って、グルメコーヒー、ベーグル、ジュースバー。

 やはりカリフォルニアで生まれたジュースバー。お陰で、昼食代わりに、朝鮮人参やハチの花粉が入ったフルーツジュースを飲むカリフォルニア人が増えた。今や、ジュースバーは、カリフォルニア内で150店が凌ぎを削り、州外にも広がりつつある。

 元々、今世紀初めにユダヤ系移民がアメリカに持ち込んだベーグルは、ニューヨークが発端。ここ数年で、ベーグルショップ・チェーンは、全米に広がり、クリームチーズとくん製サーモンといったオーソドックスな食べ方に留まらず、グリルド・チキンサラダやロースト・ターキー、チキン・ファヒタをはさんだベーグル・サンドイッチまで、メニューは豊富である。

 あるレストラン評論家によると、「新し物好きのアメリカ人にとって、最高の物を作ることよりも、バラエティが豊富なことの方が大事。サーティワンがいい例だ。たとえ、チョコレートがまずくても、31のフレーバーがあることに意義がある」

 さて、このラップ。一時の流行で終わってしまうのか、それとも、ハンバーガーのようにアメリカの食卓に定着するのだろうか。


有元美津世/N・O誌1997年6月号掲載  Copyright GloalLINK 1997

Revised 7/20/97

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