米国SOHO事情
まず、SOHOの定義だが、SOHOはSmall Office Home Officeの略で、ホームオフィスだけでなく、事務所を構えたスモールビジネスも含む。SOHOという言葉が生まれたアメリカでは、SOHOよりも、スモールビジネスという呼び方の方が一般的である。日本では、自宅で仕事をする人という意味で「在宅ワーカー」や「在宅勤務者」が使われるが、アメリカでは、企業に勤める在宅勤務者は「テレコミューター」、自宅ベースの事業は「Home-based Business」として区別されている。
アメリカでは、96年、新たに130万のビジネスが生まれ、そのうちの半数以上が個人起業、44%がホームオフィスであった。起業者の数は男性68%、女性32%と男性が2倍だが、女性の経営者は経営者全体の36%を占めるに至っている。i 人気の業種は、建設、レストラン、小売、清掃(主に一般家庭の掃除)、不動産、自動車修理、コンサルティング、美容室、コンピューター関連サービス、デザイナー(主にグラフィックデザイナー)の順である。ii ホームオフィスの数は、91年の1,200万から96年には33%増加し、1,600万にのぼった。iii 起業全体に占めるホームオフィスの割合は、女性が55%、男性が39%で、女性起業者の半分以上がホームオフィスを選んでいる。iv ホームオフィスには、行く行くは自宅を離れ、企業として成長するものと、ホームオフィスのまま存続するものと2種類ある。あとで紹介するインク500企業の中には、従業員が50人に達するまで、ホームオフィスであったという経営者もいる。ホームオフィス増加の背景には、テクノロジーの発達はもとより、個々のニーズにあった働き方を望む人の増加、そうしたライフスタイルの社会的認知がある。たとえば、男女を問わず、子供や家族ともっと一緒に過ごしたいという理由で、自宅での開業を選ぶ人は多い。ライフスタイルとしてホームオフィスを選択した人たちは、たとえビジネスが成長しても自宅を離れる気はないし、必ずしも事業の拡大を望んではいない。
筆者は、かねがね、日本での起業を阻む要因のひとつに法人神話があると思っている。アメリカでは、もちろん業種にもよるが、企業との取引において、法人であるかいなかが問題になることはほとんどない。また、法人設立の際に資本金を必要とする州は少なく、取引の際に資本金が問われることもない。たとえば、知り合いのグラフィックデザイナーは、20年、自宅で個人事業として営んでいるが、クライアントの多くは大企業である。彼は二階の一室を仕事場とし、一階のリビングルームのダイニングテーブルで、クラインアントや業者とのミーティングを行なう。彼の場合、税金面からいって法人にした方が得だと思うのだが、財務面に無頓着の彼は法人にする気は毛頭ない。 アメリカでスモールビジネスが激増している背景には、90年代に入って吹き荒れたリストラの嵐がある。たとえば、MBAを取得し、若くして最高財務責任者となった33才のビルは、4年間にレイオフを2度経験。「もうたくさんだ!」と、スモールビジネス向け経理代行業を開始した。やはり大企業で最高財務責任者を勤めていた44才のジェフも、レイオフの憂き目に。ハーバードビジネススクールを卒業し、輝かしい経歴を持つジェフだが、年齢と高給がネックとなり、再就職先は見つからず、独立を決意。現在、人事コンサルティングを行なっている。 また、筆者が参加する地元のネットワーキンググループは、元々、レイオフされた上級管理職らが再就職先を探すためのサポートグループとして始まった。彼らの多くが50代以上で、やはり年齢と高給がネックとなり、再就職先を見つけるのは容易ではなく、自称「コンサルタント」として自宅で仕事をしている。アメリカでは、あらゆる種類のコンサルタントが存在し、変わったところでは、社員の生産性向上のために「居眠りの仕方」を企業に伝授するコンサルタント(料金半日15,000ドル)までいる。 企業をレイオフされた実務経験豊かな管理職や有能な技術者が、起業家志望者の層を厚くしていることは間違いないが、起業率は若い層で最も高く、起業準備中と言われる7万人のうち、約10人に8人が18才から34才である。90年代に入り、不況のため大学を出ても職がないという状況が数年続いたのと同時に、この世代は、親の世代が長年働いてきた企業に無残にもリストラされるのを目のあたりにし、たとえ大企業に就職したところで、将来の保証はないという厳しい現実を早くに見てしまった。「職がないのなら、自分で作り出すしかない」「頼れるのは自分だけ」と、独立精神旺盛なX世代は、初めから独立を目指す。
ダウンサイジングにより、企業によるアウトソースが増加したことも、スモールビジネス増加の一因である。アウトソース市場は、96年1,000億ドルに達し、98年には1,650億ドル、2001年には3,180億ドルにのぼると予測されている。v 企業をレイオフされた社員が、フリーの契約労働者として、勤めていたときと同じ仕事を続けるケースも増えており、こうした契約労働者は、現在、全米で1,200万人から1,600万人いると言われ、これから5年間で激増すると見られている。企業にとっては、給与よりも高い料金を支払ったとしても、福利厚生を提供しなくてよい分、人件費の大幅な削減となる。
ところで、日本では、アメリカでは資金調達がいとも簡単にでき、誰もがベンチャーキャピタルやエンジェルの支援を受けられると思われているフシがあるが、実際にはアメリカ人起業家のほとんどが、貯金や家族知人からの借金で起業をする。起業家向け雑誌『インク』が毎年選ぶ「アメリカで最も急速に成長している企業500社」のうち、70%が貯金、16%が家族からの出資・借金、14%が共同経営者による出資、10%がクレジットカードを利用している。銀行による融資は7%、エンジェル5%、ベンチャーキャピタルはわずか3%である(複数回答)。vi インク500企業は平均従業員数121人、過去にマイクロソフト、オラクル、ゲートウエイ2000なども選ばれ、かなりの規模の企業を含む。もっと規模の小さいSOHOでは、貯金や家族知人からの借金、クレジットカードの利用度は、さらに高い。創業資金捻出のためのクレジットカードの利用は、日米で大きく違う点だろう。アメリカでは、複数のカードの限度額いっぱいまでカードローンを借り、創業期をしのぐ起業家は多い。
スモールビジネスの台頭を可能にしたのが、携帯電話、ボイスメール、インターネットなど、テクノロジーの発達であったことは言うまでもないが、スモールビジネスはテクノロジーを大いに活用している。コンピューターの利用におけるスモールビジネスの割合は、86年の46%から96年は74%に大きく増加。スモールビジネスでは、インターネットよりもAOLやコンピュサーブなどのオンラインサービスの方が人気が高く、利用全体に占めるスモールビジネスの割合は、インターネット26%に対し、オンラインサービス38%となっている。しかし、ウエブサイトの利用も、97年の13%から、98年には30%に増加すると予測されている。 vii スモールビジネスによるオンラインサービスの利用額は、96年の12億ドルから、2000年には倍増し、25億ドルに達すると見られているが viii、製品・サービスの購入者として、スモールビジネスは一大市場を成している。そのため、スモールビジネスを対象としたビジネスも盛んであり、電話会社やISP、保険会社なども、次々にスモールビジネス向けプログラムを提供し、顧客獲得に凌ぎを削っている。
また、スモールビジネスの増加は、新たなビジネスチャンスを生んでおり、スモールビジネス向けスモールビジネスも大流行りである。たとえば、先に例を挙げた経理代行業を営むビルは、事業計画作成や人事コンサルタントと組み、スモールビジネスのオーナーやこれからビジネスを起こそうという人のためのワンストップのビジネスサービスを提供している。
その他、テクノロジー時代を反映し、自宅に他人を入れたくないホームオフィスオーナーのためのバーチュアルアシスタント、インターネットで切手を購入してプリンターで印刷できるSOHO向け電子切手ソフトも登場している(米国郵政公社が実用化検討中)。弁護士などを使わず、低料金で法人が設立できるオンライン法人設立サービス、個々のコンピューターで印刷できる名刺やパンフレット用紙の通販ビジネスなども、スモールビジネスの普及によって生じたビジネスである。アメリカでは、ビジネス書式や従業員マニュアル作成ソフトなど、スモールビジネス向けソフトも充実している。こうしたスモールビジネスを支えるビジネスの普及が、スモールビジネスサポート体制の整備、さらにはビジネス運営コストの低下につながっている。
ビジネスコストは、日米で大きく違う点であり、日本の高コストは起業を阻む大きな要因と言えるだろう。アメリカでは、小さい事務所であれば、電気代込みで月数百ドルで借りられるし、通話料(よく誤解されるが、ローカル通話が固定料金というのは家庭用のみで、事業用通話料はアメリカでも従量制である)や名刺・パンフレットの制作費なども、日本に比べてかなり安い。
最後に、新たなビジネスチャンスの創出だけでなく、雇用創出においてもスモールビジネスが大きな役割を果たしていることに触れておきたい。従業員1〜19人のスモールビジネスによる雇用数が全雇用に占める割合は30%に達しており、雇用数がもっとも伸びているのは創業4年以内のビジネスである。
i Office of Advocacy, SBA, Country Data Corp.
ii Country Data Corp.
iii Find/SVP
iv Country Data Corp.
v Outsourcing Institute
vi インク特別号「インク500」97年10月15日
vii AMI, IDC
viii SIMBA Information
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